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平成26年度 11月

最近日本映画を続けて二本観ました。「柘榴坂の仇討」と「蜩の記」です。どちらも日本映画の良さを継承した見応えのある映画でした。アメリカの派手な映画の対極にふさわしく、着物が擦れる音が聞こえるほど、静かなシーンが多い映画です。

武士を題材としていることもあり、中高齢者の方で場内はほぼ満席でした。普段は若い世代中心の場内が多いので少し違和感がありましたが、その違和感は序章であったことを後に知りました。私の斜め前にご夫婦と思われる二人が着席すると、すぐにポップコーンを頬張り始めます。映画が始まり静かな、そして美しいシーンが展開されてもポップコーンを取る音、食べる音は止むことはありません。三十分経った頃、一人の高齢者の方が入場し、自分の席を探しています。なかなか見つからず、何度も座席に座っている人に接触しながらようやく着席しました。一時間以上もポップコーンを食べ続けた男性は、食後に容器を折りたたみ始め、大切なシーンが台無しとなりました。エンドロールは映画の余韻を感じる大事な時間でありますが、その余韻を掻き消すように前後左右から私語が飛び交う始末であります。古き良き日本を感じるはずだった「蜩の記」は、皮肉にも今の日本の現状を認識する機会になってしまいました。

萩市立明倫小学校では毎朝「松陰先生のことば」が児童たちによって朗唱されることを、数年前に紹介しました。六年生の二学期に朗唱される吉田松陰の言葉に以下のものがあります。「冊子を披繙すれば 嘉言林の如く躍々として人に迫る 顧うに人読まず 即し読むとも行わず まことに読みて之れを行わば則ち千万世と雖も得て尽くすべからず」大意は「本には良いことがたくさん書いてあります。良いことを知るだけではだめです。知ったことは、実行することが大事です。」です。吉田松陰は塾生たちに知識を与え、理解させたのではありません。自らの生き方を見せることで塾生たちを感化したのだと考えます。映画館での些細な出来事から、小さなこと、細かなことに真実が宿っていると実感します。大人の後姿をしっかり示していかなければと感じた次第です。