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平成21年度 7月

景気の悪化に歯止めがかかったとの報道がありましたが、まだまだ先の見えない状況が続いています。様々な経済対策が功を奏することを祈るばかりです。
幕末期の備中松山藩(現岡山県高梁市)は十万両という莫大な借財をかかえていました。藩の石高は五万石と称していましたが、実際には二万石弱といわれています。当然ながら、年々その借金は膨らみ続けていたのでした。藩の絶望的状況を救ったのが山田方谷という人物であります。わずか八年で借金を返済したばかりか、十万両の蓄財を生み出すことに成功したのでありました。
山田方谷の政策の大きな特長は、収入をあげ、支出を減らすといった経済政策だけに終始しなかったことだと言えます。彼は地域の力を高め、それによって総合的に問題を解決しようとしたのでした。財政の赤字の克服も大事ですが、社会の成り立ちのすべてから見ると、財政はその一部分にすぎないという視点を大切にしていたのです。 「総じて善く天下の事を制する者は、事の外に立って事の内に屈しないものだ。しかるに当今の理財の当事者はことごとく財の内に屈している」という言葉が山田方谷の思いを象徴しています。
とりわけ重視したのが教育でありました。今で言う財務大臣や総理大臣を歴任する前に、藩校有終館の学頭を務めていた経歴がそれを物語っています。
私たちの周りにはたくさんの人々がおり、様々な思想や思惑があります。それらをすべて自分の内に入れて、きちんと整理することを「修身」といいます。整理されたものをアウトプットした時、それが調和という形になるのです。山田方谷はこの「中庸の徳」が生み出す秩序を重視しました。
権利ばかりが主張され、都合の悪い事はすべて公の責任とする風潮の中では、真の財政再建は果たせないことを山田方谷は感じていたはずです。修身を心がけ、中庸の徳を実践する、良識ある人々を育成するという考え方は、今の時代にこそ必要な考え方であります。山田方谷の取り組みは、本校にとっても参考にすべきことであると強く感じた次第です。